ファージ事業

はじめに

感染症は今なお世界の死因の上位にあり、抗生物質が効かない薬剤耐性菌の出現でより深刻な状況にあります。

現在、耐性菌によって世界で年間70万人が死亡していると推定され、効果的な対策を講じなければ2050年には年間死者数が1000万人まで増えると推計されています。

また、耐性菌感染症による医療費の増加は莫大なものとなっており、米国では耐性菌感染症によって年間の医療費が200億ドル(約2兆円)増大し、さらに社会的に350億ドル(3.5兆円)の経済損失が起こっていると推定されています 。

また、日本での薬剤耐性菌による深刻な被害の調査結果として、国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンターが2019年12月5日に発表したPress Releaseによると、MRSA菌血症とフルオロキノロン耐性大腸菌血症により年間約8,000名が死亡しているとの報告があります。

この様な背景から、抗生物質に変わる抗菌薬の開発が強く求められています。

バクテリオファージについて

バクテリオファージについて

バクテリオファージ(bacteriophage:以下、「ファージ」と略します。)とは、特定の細菌に感染・増殖し、溶菌酵素によって細菌を溶解させて(殺して)娘ファージを放出し、再度特定の種類の細菌に感染するというサイクルで活動しているウイルスの一種で、存在自体は20世紀前半から知られていました。

図のファージT4は、最も研究されている7つの(T1~T7)大腸菌ファージの1つです。

ファージが公式に発見される前に、1890年代の細菌学者は、細菌の活動を制限する原因と思われる未確認の物質をすでに観察していました。1915年、イギリスの細菌学者であるF. Twort(1877-1950)はブドウ球菌からファージを発見し、1917年にカナダ人の微生物学者F. d 'Herelle (1873-1949)が赤痢菌ファージを発見しました。

ここから感染症治療のために原因細菌を殺すことを目的としてファージの研究が始まりました。

地球上には1031以上のファージが存在していると言われており、生物が存在する場所であれば地球上のどこにでもファージは存在しており、例えば人間の腸や表皮にも生息しています。

ファージにはさまざまなサイズと形状がありますが、ほとんどは同じ基本的な特徴を持っています。

月に着陸したアポロ宇宙船のように見えると表現されますが、非常に人工的な雰囲気を与える奇妙な外観をしており、DNAを格納する「頭」と細菌を捉える「足」からなる単純な構造を持ち、それぞれが特定の細菌を狙って襲撃します。

宿主である細菌のみに感染しますので、宿主域(スペクトル)は比較的狭く、病原菌以外の常在細菌叢に影響を与えません。

すなわち、大腸菌のファージはブドウ球菌にもバチルス菌にも侵入せず、その逆も同様です。

細菌はある種のファージに対する耐性を獲得することができます。

しかし、その細菌に防御力がないファージを分離できますし、ファージもまた進化します。

さらに、複数のファージをカクテルとして使用し、ファージ耐性の獲得を抑制することも可能です。

ファージ療法について

ファージ療法について

ファージは旧ソ連や東欧を中心にさかんに研究されてきましたが、特定の細菌にしか効果が無いため、多くの感染症に対応できる抗生物質の登場によって、研究は下火になり、特に西側諸国では忘れられた存在となっていました。

この抗生物質の登場によって敗血症や破傷風など多くの人間の命を奪ってきた恐ろしい感染症が克服され、近代医学は劇的に進化しました。様々な感染症に対して効果があることから「奇跡の薬」と呼ばれた抗生物質でしたが、やがて大量に使用されたことが原因で、抗生物質が効かない耐性菌を生み出すことになり、耐性菌とどう向き合うかが大きな問題になってきています。

このファージを利用したファージ療法は、古くからロシア、グルジア(現ジョージア)、ポーランドなど東側諸国で行われてきたもので、現在ロシア、グルジア(現ジョージア)、ポーランドでは製剤化されています。

欧米で研究開発が活性化してきたのは、2010年代の後半に、米国でファージ治療により劇的な治療効果を示した事例がでた後となっています。

心臓手術で利用した人工血管から、緑膿菌と呼ばれる抗生物質に強い耐性を持つ細菌が感染した男性に対し、ファージと抗生物質を同時に注入するという治療を行いました。

その結果、数週間後には感染症が治癒したそうです。

しかし、臨床研究の数は限定的で、治療は研究段階であり、実用には至っていません。

医療用以外では、食品安全性分野などでの実用がはじまりました。

リステリア菌に対する応用です。

人が感染すると、健康な成人であれば軽い胃腸炎症状や無症状で終わることも多いのですが、高齢者、免疫不全者、乳幼児等は髄膜炎や敗血症等、重篤な症状に陥ることもあり、致死率も20-30%と言われています。このリステリア菌に対するファージ製剤はすでに米国で、アメリカ食品医薬品局(FDA)により認可された安全なものとして製剤化されています。

医薬品として承認されるよりも、食品の成分や添加物として承認される方が認証を通過しやすいことや、農家や家畜生産業者などの食品製造の関係者が、食品汚染の危険性を減らす新しいイノベーションを求めていた状況も追い風となりました。

しかし市場に製品・商品等が出てきたのもごく最近です。

このように、直近の世界的潮流の中ではヒト用の医薬品としてだけではなく、医薬部外品となる除菌剤や、動物医薬などにも実用可能なものであり、製品化が進めば抗生物質を主とした抗菌剤市場の一部を担うことになると考えられ、各国で開発競争が始まっています。

研究開発情報

研究開発情報

弊社代表の村上は、高安定型VHH抗体の迅速開発法に関する研究の中で、技術基盤構成要素の一つとなる高性能なファージライブラリーの構築を行いました。

この中でファージの転用について検討も行い、抗生物質に変わる抗菌薬として、ファージの持つ特性を利用したファージ療法に可能性を見出しました。

そこで、弊社では事業の目的でもある、「そのままでは有効に活用されずに大学の中に死蔵されてしまう「知」を活用し、新たな「財」や「サービス」の形で広く社会に提供することにより、公共の利益を増大させること」を推進する一つとして、ファージ事業を開始しております。

弊社の位置する沖縄県は約1,200kmにまたがる海域に大小様々な島が点在し、亜熱帯性気候で湿潤環境であることからも多種多様なファージが潜在していると考えられ、新規なファージを探索するには適した場所です。

現在、弊社の独自ノウハウである採取方法を用いて沖縄県の島嶼に潜在するファージのバンク化を進めており、2020年春までに緑膿菌・黄色ブドウ球菌・腸管出血性大腸菌に対し、臨床株やATCC株に有効性を示す総計1,000種以上のファージ単離を行うべく研究開発を進めています。

(2019.9現在で600種をバンク化済)

さらに、単離したファージの有用性を検証するため、長期保存安定性試験・動物実験による殺菌効果の検証を実行中であり、更に効率的な多種同時培養システムの開発・臨床医と連携した臨床試験の準備を始めています。

この事業の最終的な目標は、ファージを用いた抗菌薬、ワクチン材料、細菌検出用試薬、医薬部外品やサプリメントの開発、家畜・養殖等への応用などの実用化に据えています。

この事業化を進めるにあたって、アライアンスパートナーとなる企業様や、開発に向けた大学や研究所の方々との共同研究を募集しております。

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